遊人のユーモア・エッセイ

もっといい話

遊人のユーモア・エッセイ

人からお借りして「花鳥風月」という本を読んだ。昭和10年刊行とあるから、かなり古い本である。
江戸、明治の食べ物、酒、風俗、着物などに関する他愛も無い話が載っている。中でも、江戸の夜鷹(街娼)に関する話など中々面白い。江戸には三千人の夜鷹がいたという。吉原全盛期で遊女三千と言うから、それと同じ数の街娼が江戸の町々に跋扈していたことになる。出没地域は多い順で、東両国、筋違御門内、永代橋、御厩河岸、芝切通し、浅草御門内、同所南の方、本所二つ目、久保町の原、木挽町采女が原、赤坂御門外。いでたちはいずれも黒い着物に茣蓙。これが白粉を塗りたくり、江戸の暗闇からぬっと顔を出す。中々詩興をそそられる情景だ。
作者は宮川曼魚、随筆家で江戸の風俗を色々書いている。「江戸のパンパン」などと言う本もあるようで、これはぜひ読んでみたい。1957年に七十一歳で亡くなっている。(今川乱魚さんはこの宮川曼魚をもじったのか、いまふと思う)

歌舞伎評論家の戸板康二の「ちょっといい話」を思い出した。だいぶ昔に売れた本で、色々シリーズが出ていたように記憶している。
宮川曼魚も戸板康二も落ちが洒落ている。なんでもない話でもこの落ち一つで読ませている。そこで私も、物まねするのも文章上達の一歩と心得、名付けて「もっといい話」。不遜なタイトルだ。戸板康二さん、ごめんなさい。

前の会社の女子社員が、ちょっと余計にもらったボーナスで海外旅行に行った。初めての海外、行き先はアメリカ。でも、彼女は英語が全く駄目。入国検査が心配だった。案の定、入国審査のゲートで大きな白人の男が睨んでいる。「ハウロング、何とか、かんとか」と聞いてきた。どれくらい滞在するのかとの質問だったはずである。彼女、聴き取れない。かろうじて「何とかロング」は微かに分かった。でも、これを「ローン」と聞き違えをしてしまった。とっさに思ったのが、「ローン、借金、借金してアメリカに来たのか」と聞いている。そこで、大きく手を振り、「ノー、ノー、キャッシュ、キャッシュ」

社員からメールを貰った。「私のサラリーの件でお話しがあります」。明らかに「給料をあげてくれ」と言う事だ。とっさに返したメールは、「分かりました。貴兄のサラリーの件はサラリと話しましょう」。実際の話もサラリと済んだ。

十年以上も前に、映画に出た。真夏の暑い日だった。ダンスホールのシーンである。俳優さんの回りで、ダンスをしている人達の一人と言う事で、早い話がその他大勢のエキストラである。
撮影を始める前に、エキストラ全員に注意事項の説明があった。セットには触ってはいけない事、俳優さんには話し掛けない事、サインをねだるなど以ての外である事など。なるほど、セットは豪華に見えても皆張りぼてだし、自分の回りにウロウロしているエキストラに、いちいち話し掛けられたら、俳優さんもたまったものではない。朝から晩まで、たっぷりと拘束されたが、勿論ギャラなど無い。交通費は自腹。ロケベン二食とティーシャツが報酬だった。この映画、「シャル ウィ ダンス」と名付けられ大ヒットとなった。

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