電車で席を譲られるようになってから、どのくらいになるだろう。私はいつも喜んでその親切を受け取り、心からの感謝の言葉を述べることにしている。
そんな私が、ある日乗った電車内の出来事。コロナ騒動以前の話。
平日の昼間は大抵座れるのだが、その日は夕方に近く台風も近づいていたせいか、パラパラと立っている人も多く、空席は無いようだった。
乗り込んでサッと見回したが、やはり空席は見つからず仕方ないと思っていると、優先席に座っていた紳士が一人、私を見て手招きをしている。(おいでおいで!)という感じで、自分はもう降りるからここにお座りなさいというジェスチャー付き。ありがたいと思い、何度も頭を下げながらニコニコと近づいて「すいません、ありがとうございます」と言いながら、紳士の立ち上がったその座席に座った。
と、その途端のことである。頭の上から「おいくつですか?」と、ハッキリした女性の声。譲ってくれた男性の姿ばかり見ていて気付かなかったが、その座席の前には私と同じような年格好のご婦人がたっていた。髪は黒に近い茶色に染められていて、化粧もキッチリ、赤い口紅、私を睨むかのような眼差し。
きっと彼女は、自分がずっと男性の前に立っていたのに譲ってもらえなかった席に、後から乗ってきたアナタが譲られて座るなんてなぜ?と思ったのだろう(と推測!)
この状況でドラマの中にでも出てくる台詞のような一言に驚くと共に、何とか彼女の苛立ちを収めて円満にやり過ごさなければ、と私の脳内はクルクル回り始める。そして出てきた一言が「70前です」…嘘ではないし彼女が70歳前後に見えたところからの言葉だった。
すると彼女は「69歳です!」と言い切った。すかさず「同じですね」と返す私。たかが電車の席に座るがために、年齢を言い合っているおばさん二人!? 隣の方々は、きっと可笑しい限りだったであろう。
とにかく座ることが第一の私は、白髪はそのままに有効利用、ナチョラルメイクの疲れた顔で、空席はどこかなとキョロキョロしていれば譲ってもらえるかも…という気持ちも心の隅っこに確かにあった。
それぞれの「若く見られたい」と「座りたい」の優先順位の違いが、こんな結果を招いたのか。あの紳士さんは、若作りの女性に席を譲っても断られることを予想したのかもしれない。
高齢になれば座りたいのが本音です。ちなみに私は彼女の言った年齢が、本当ならばそれより下でありました。