ぬかる道巻頭言コラム

【『ぬかる道』第434号 巻頭言】
『挨拶とTPO』

ぬかる道巻頭言

巻頭言『挨拶とTPO』

江畑哲男

挨拶というのは案外難しい。立場上、挨拶を依頼されることが多くなった昨今、とくにそう実感している。もっとも、「挨拶なんか誰も聞いちゃァいないよ」(笑)と割りきってしまえば話は簡単だ。思い悩むこともなく、型どおりの挨拶をすればそれで済む。

「空気」感を大切に

ところが、である。多少なりとも実のある内容を話そうとすると悩ましくなる。大変になる。その場の空気やニーズをつかんでおかないと、聞く側の胸には響かない。時間の浪費になるだけだ。小生のように場の「空気」に敏感な人間には、参会者の反応が気になって仕方がない。

具体的な話に移ろう。

去る10月1日(日)、第44回「よみうり時事川柳愛好者大会」が都内で開催された。小生も出席する旨お知らせしておいた。主催する「読売時事川柳研究会」(川上勉会長)は、全日本川柳協会傘下のきわめてユニークな団体である。会長の川上勉氏には常任幹事をお務めいただいている。新聞社との友好関係を大切にしながら活動を展開している団体は、協会傘下ではあまり例がない。

さて、この日の会次第。来賓各位の席が並んでいる。わが国トップの新聞社幹部が休日出勤しているのだから、当然のことだ。ちなみに小生は来賓の末席に位置づけられていた。これまた当然であろう。

来賓の方々はごく自然な挨拶をされた。常識的な挨拶だった。そのラストが小生。当初は全日本川柳協会の立場からの祝辞を述べるつもりだったが、直前になって止めた。「空気」を感じたのである。会次第通りとはいえ、フツーの祝辞を続けざまに聞かされる参加者の気持ちを考えた。いささか食傷気味かも?勝手にそう察したのだった。

アンチ巨人と「キャンセルカルチャー」

そこで一計を案じた。挨拶のバージョンをがらりと変え、自分の父親の話を冒頭に持ってきた。概要は下記。

《オヤジの話をさせて下さい。大正13年生まれ。17年前に亡くなりましたが、これが強烈なアンチ巨人。面白いのはココから。TVは4 チャンネル、野球観戦は後楽園球場、購読紙は読売新聞、というアンチ派だったのです。
巨人が勝った翌日の読売紙を読みながら、「ここでこうすれば巨人をやっつけられたのに……」などとぶつくさ言っていたオヤジ、じつにユニークでした。ひょっとしたら、巨人愛の変形だったのかも知れません(笑)。愛すべきアンチジャイアンツ魂ですよね。》

会場からは微妙な笑いが漏れた。何しろ、読売の会合でアンチ巨人の話を展開する来賓などはいなかっただろうから。空気も和んできた。その後、少しは賢そうなことも言わないとまずいと考えて、昨今の「キャンセルカルチャー的世相」にチクリと触れたのだった。

《キャンセルカルチャー。相手と立場や価値観が違うと、トコトンやっつける、攻撃する。余裕がないというか、直線的というか、とげとげしいったらありやしない。そんな昨今の風潮が苦々しい。大部分のマスコミがそう、TVのワイドショーがそう。少しは小生のオヤジのように、アンチ派の変化球的態度を見習ったらどうか?
そこへいくと、川柳は素晴らしい。
穿ち、反語、アイロニー、比喩、……。多彩な手法を持ち合わせている。何しろ、敬語を使ってエライ人をおちょくることだって平気の平左。じつにユニークな文芸ですよね。だから、川柳。今こそ川柳の出番でしょう!》

……、司会者が苦笑していた。我田引水は承知だったが、趣旨は皆さんに伝わったものと信じている。

元気づける挨拶

話は変わる。

10月21日(土)石川県七尾市文化ホール。国民文化祭「川柳の祭典」を翌日に控え、赤池加久実行委員長以下のスタッフは準備に余念がない。頑張っておられた。

小生もその日午後、リハーサルに立ち会った。万事が手際よく進み、予定よりも早く準備完了。赤池委員長が皆さんに慰労の言葉を述べて解散の運びになると思いきや、違った。同席の小生に「一言お願いしたい」と、振られてしまったのだ。えっ?と思ったが、NOと言う訳にはいかなかった。赤池実行委員長らしい気配りであった。

そこで小生。その場でこう声を張り上げた。

《皆さん、お疲れさまでーす。いよいよ本番です。明日は晴れます。絶好の国民文化祭日和になりますよォ!どうぞ、よろしくお願いいたしまーす。》

いい加減な挨拶(笑)。「短くて、TPO(時間・場所・場面)をわきまえた良い挨拶でした」とも言われた。あの場面では、ともかくスタッフの皆さんを元気づけることが肝心、そう考えての思いつき的発言だった。

かくして、国民文化祭いしかわは大成功に終わる。挨拶は大切だ。TPOとマッチすればさらに力を発揮する。

先般の東葛川柳会記念大会時の代表挨拶にも触れたいが、割愛。大会後には、ご厚情を頂戴した方々への御礼状も出状した。義理堅さもまた一つの挨拶だと信じながら。

厳しさも川柳界には必要

話はまたまた変わって、『川柳やまと』(11月号)の巻頭言。筆者は阪本高士やまと番傘会長である。

誌上大会は句会の衰えへの一歩であり、句会へ参加しないことは句の衰えへの一歩と心しておきたい。厳しいこと言うようだが、句会での緊張感があっての川柳である。

キビシイがその通り。傾聴に値する直言であろう。

さらに話題は移って、メッセの自選欄の話。

先般ある会員にメッセ自選欄へのご招待をお勧めしたところ、断られた。実力充分の会員だったが、「自選になると甘えが出る、句も堕落してしまう。それゆえ遠慮する」という趣旨だった。仰る通り!ご立派!あくまで一般論だが、自選欄を既得権のように考える川柳家ほど句が拙い。ゆえに堕落もする。こういう問題意識をお持ちの方こそ自選作家にふさわしいのだが、……。そう思う。

厳しさは会務にも必要かも?理由はいろいろあって、『ぬかる道』発送面で今後ご不便をおかけするかも知れない。努力は続けるが、予めご了解をお願いしておこう。