遊人のユーモア・エッセイ

オランダ人は背が高い

遊人のユーモア・エッセイ

十二月のアムステルダムは寒かった。緯度にして稚内と樺太の間ぐらいにあるのであれば、これは当然だ。寒い上に天候が晴れない。いつも重い雲が空をおおっている。古色蒼然とした町の建物も、なにか陰気臭い。これで雪でも降ってくれれば、ちょっとは華やぐのに、どうも雪はめったに降らないらしい。やはりヨーロッパは春か夏に限る。これはパリとかブリュッセルのようなヨーロッパの古都でも感じたことだ。かの文豪ゲーテがイタリアに行って、ウキウキ、ルンルンした気持ちが良く分かる。

今回宿泊したのはアムステルダムではない。もっと小さな田舎町だった。この日は午前中で仕事が終わり、午後からアムステルダム観光としゃれてみた。電車で一時間ちょっとの距離である。オランダの電車というのもちょっと変わっている。ほとんどの駅に改札口が無い。切符を買わなくても、乗り降り自由だ。今まで、めったに切符を買ったことが無い。今度は違った。列車に乗り込むなり、厚化粧のオランダのおばさんが、獲物発見とばかり、近づいてきた。前に黒いかばんをぶら下げている。どうも車中切符売りおばさんのようだ。切符を買えとしきりにすすめる。偽切符をつかまされてはと警戒していると、まわりのオランダ人の乗客は率先して切符を買っている。偽切符ではないらしい。しょうがない、それではとばかりアムステルダム中央駅まで、日本円にして九百円ばかりの切符を買った。アムステルダム中央駅までの車中で、なぜ、オランダでは改札口が無いにもかかわらず、かくも皆が、競って切符を買うのかということに思いをめぐらした。オランダ人が特に道徳心に富んでいるわけではない。アムステルダムの路地に入ればすぐ分かる。にもかかわらず、こと電車の切符となると、これだけ規則をちゃんと守るのは、無賃乗車に対し重い刑罰があるに違いない。きっとそうだと確信した。終身刑や死刑とまでは至らなくても、懲役十年は軽いはずだ。オランダ人は麻薬には寛大でも、無賃乗車には厳しい国民なのである。

これは早速確認しなくてはと、翌日、オランダ人の友人に恐る恐る聞いてみた。この友人いわく、「へーそうなの。俺も時々は買うけど」共犯者が簡単に見つかり、少しはほっとした。

この友人、二メートルを軽く超える背の高さである。聞くところによれば、親戚縁者、皆この程度の背の高さというから驚く。そういえばオランダ人は背が高い。男性の平均身長で一メーター八十五位らしい。かのガリバー旅行記の巨人の国はオランダだといわれるわけも分かる。これを実感したのは、最初にトイレに行ったときである。アムステルダムのカフェの男性用トイレに行って、用をたそうとした。(なにかおかしい)用をたすのに、無理な体勢を強いられる。男性用便器が、日本より高い位置に設定されているのである。一メーター八十五の男性用に作られた便器に命中させるには、日本人の平均身長にも劣る者にとっては、多少不自然な姿勢もいたし方ない。

そのとき、連れの韓国人がトイレに立とうとした。彼は私よりも背が低い。すかさず、声をかけた。「踏み台が要るよ」彼はなんのことか分からず、きょとんとしている。ニヤニヤしながら席に戻るなり、開口一番、彼はこう言った。「違う、違う。長いはしごが要ったよ」

これ以来、「折りたたみ式踏み台」をオランダ旅行の必須携帯アイテムに加えている。韓国人の彼は、おそらく、韓国製「伸縮自在携帯はしご」を持ってくるに違いない。

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