空からビラが・・
「富山市の昭和20年7月29日」
夏休みに入っても、近所に同じ年代の男の子がいなかった所為か、戦時下の危なさの所為か、外で遊ぶことは稀であった。何時警報が出ても、すぐ家に帰れるように、あまり遠くへは行かないように、言いつけられていた。お昼頃、警戒警報が鳴って、鉄カブトを背負った警防団が見回りに来た。顔見知りの小父さんがいたので近寄ると、「今、上に敵機が来ているんだ」と言った。遠いところで高射砲を撃っていたが、中った様子はない。双眼鏡を覗いていた例の小父さんは「だめだな、届かない」と、投げやりに言った。しばらくすると、空から紙が、降ってきた。小父さんは、急に恐い顔で「家に入れ」と言って、警防団のみんなと、降ってきた紙を一枚も逃すまいというように、追っかけていった。水田の中へ落ちた何枚かは、諦めた様だった。警報が解除になって、外に出て遊んでいると、サーベルを提げたカイゼル髯のお巡りさんが来て、長靴を脱ぐと、いきなりザブザブと水田へ入っていった。先程、警防団が取り残した紙(実は、富山空襲の予告ビラ)を、一般人に読まれないように、回収に来たのだった。でも、その日の夕方、母から、その内容を聞いたんだから、警防団やお巡りさんの努力は、いったい何だったんだろう。
天の川の星が動く
「富山市の昭和20年8月1日午後11時」
「天の川の星が動いてる。!」そんなはずは無い。目をこすってよく見ると、確かに動いてる。ゆっくりと、ゆっくりと。そのうち、微かな音が、何となく、聞こえるような気がしてきた。由宇呆少年の頭はまだ、天の川の星って、何であんなにキラキラと瞬くんだろう、と、感心していた。でも待てよ、瞬いてるんじゃない、何かが星を隠したり出したりしてるんだ。目を凝らすと、天の川の星の金銀砂子をバックに、ヒコーキの形の黒い影が小さく見えた。その前にも後ろにも、右にも左にも、沢山、沢山。その数に圧倒されて、由宇呆少年はただ、空を見上げるだけだった。気が付くと「ウヮン、ウヮン、ウヮン、ウヮン」と、空の何処からともなく、高く、低く、遠く、近く、爆音だ。刻一刻、ヒコーキの形が、大きくなって来る。4つのエンジンがはっきり見えてきた。B29だ。防空図鑑で見た敵機の影と、同じカタチだ。12時に近くなると、「子供は防空壕へ入れ」と、いつもは優しい伯父が、恐い顔で言った。これは本気だなと思い、急いで飛び込んで、それでも恐いもの見たさ、身を乗り出して、B29の影を追う。空全体が「グワ――――」と鳴りっぱなし。かなりの低空を、10センチぐらいの黒いB29が、次から次へと視界を過ぎる。
山本由宇呆氏は現在87歳(昭和13年生まれ)、「我々より年長である方々にとっては、同様な体験があるはずで、決して特別な体験とは思っていない。ただ思い出して頂くもよし、それ以下の年代の方々には、そんなこともあったんだと、認識を新たにして頂ければ嬉しい。」とコメントされています。