中野彌生エッセイ

役に立たない経済学

中野彌生エッセイ

ここ数カ月間のテレビ報道は、ドジャーズの大谷翔平の通訳だった人が、賭博で借金まみれになり、大谷翔平の口座に手をつけた話題でもちきりでした。通訳が詐取した総額は大き過ぎて、世間を驚かせるには十分でした。
個人差はあれ誰にでも射幸心はあるようで、運が良ければと宝くじや賭博に夢をかけてしまう人は少なくないようです。
この一件から、すっかり忘れ去っていた昔の、私の実生活では絶対に『ありえへん』体験を思い出したのでした。

もう半世紀以上も昔のことになります。1969年のロンドンでの一夜、ホテルのレストランで仕事関係の会食がお開きになり、散会して帰宅と言う時に、誰が言い出したものだったか、このホテルの地階にあるカジノを覗きたいと提案する人がいました。
その場にいた参会者には、カジノに精通している人はなく、誰もカジノではどう振る舞うべきか、分からない人ばかりだと見受けられました。
私は勿論カジノでの経験はなく、古い映画『カサブランカ』で、ハンフリーボガード演ずるリックが、ルーレットで負けた夫婦を助けた場面を知っている程度でした。
私自身、カジノに出入りするような身分でないことは重々承知していましたが、その時は若気の至りとでも申しましょうか、覗いて見たい気持ちの方が勝っていたようです。
この機会に本物のカジノを体験してみたいと、お金もないのに好奇心だけは旺盛で、その場の空気とノリで、揃ってカジノを覗くことになったのでした。

みんな誰も初体験だと思っていたのですが、連れの中に一人だけ例外がいました。その人Sさんは夫の会社の社員で、これまでに十分カジノで遊んだ経験があって、場数を踏んでいるらしく見えました。
皆で連れだって、Sさんからカジノでの遊び方を教わることになったのです。
ベテランのSさんに従い、映画などで見る場面とそっくりの豪華な部屋で、ブラックジャックの席に着きました。カウンター仕様の半円形のテーブルには、カードが2セット全部見える状態にずらして置かれ、カードの枚数が揃っていることを客に示していました。
ブラックジャックのルールは直ぐに理解でき、その夜はとても気分よく楽しんだことを思い出します。遊んだ金額は、懐に見合った僅かな額で、勝負の結果がどうだったかハッキリとは覚えていないのですが。
「やられた!」と言う認識はなく、楽しんだ印象が強かったので、その夜の勝負には少し勝ったと思います。

更に記すべきことは、私の隣に座った英国人風の若い女性が、ハンドバックから無造作にお札を出して、賭けるのを目撃したことでした。彼女のハンドバックの中がチラッと見えたのですが、財布ではなくてバックに、お札がじかにビッシリと入っていたのです。その当時はクレジット決済はまだ普及しておらず、現金か小切手の時代でした。
彼女を見た時、こんな人がカジノで遊ぶのだと、私のような人間が近寄るべきではないと再認識させられたのでした。

さてカジノでは大先輩のSさんのことですが、その当時、彼の弟さんは俳優として映画界に名前が出始めたばかりでした。私たちの周辺では、誰も弟さんの俳優名を聞き知っている人はいませんでした。
その後、数年も経たない内に、弟さんは誰もが知る大スターに出世して、売れっ子の俳優になったのでした。
私の印象では、俳優である弟さんよりも、Sさんの方がずっと素敵に見えました。
Sさんは美男子で、贅肉もなくスマートで、会食の際の作法やレディファーストの心得もあり、紳士の要件を満たしていると感じられたのでした。
その当時、駐在員の中にはエレベーターやレストランでの作法を心得ない人がいて、日本人として恥ずかしく、情けなく思うこともあったものですから。

私から見たSさんは、好感度抜群で合格点の紳士でしたが、社内での見方は少し違っていました。
彼は夜な夜なカジノヘ出掛け、どうやら損ばかりしているらしいと言われていました。
『Sさんは東大の経済学部を出ているのに、いったい何を勉強したのやら。カジノで損をする仕組みは習得しなかったらしい』と椰楡されていたのでした。

経済学優だったのに損ばかり

私の実感句です。トイレットペーパーやテッシュで有名な製紙会社の社長だった人も、会社の公金をカジノに注ぎ込み、世間をお騒がせしました。
彼も一流大学で経済学を修めたらしいのです。

中野彌生