遊人のユーモア・エッセイ

親切なクリーニング屋さん

遊人のユーモア・エッセイ

魚屋さんには「元気」が似合い、靴屋さんには「貧乏」が似合う。クリーニング屋さんは絶対に「親切」だと思う。人が汚したものをきれいにしてくれるのは親切な人に違いない。
家に三十年以上通ってくれていたクリーニング屋さんは親切なクリーニング屋さんの中でも特に親切なクリーニング屋さんだ。家に迷い込んだ子犬をもらってくれ、天寿を全うさせてくれたのもこのクリーニング屋さんであり、娘が結婚する時はお祝いをくれるのもこのクリーニング屋さんである。
いつも「遠くの親戚より近くのクリーニング屋さん」と思ってしまう。

我が家は甘いものが苦手で、甘いものをもらうと困る事が多い。そんな時にでももらってくれるのがこのクリーニング屋さんである。果物などももらい過ぎることがある。そんな時にでももらってくれるのがこのクリーニング屋さん。 お酒はもらいすぎて困る事は、まず無いが、時々お酒もあげる。そんな時必ず違うお酒を返してくれるのもこのクリーニング屋さんである。

ある時、漫画の本が溜まり過ぎて捨てることになった。玄関先に紐に縛られた漫画本の束が堆く積まれた。重すぎて誰も動かそうとしない。
そんな時に来たのがこの親切なクリーニング屋さん。玄関に出た女房がとっさに訊いた。「ねえ、漫画好き ?」堆く積まれた漫画の本を見て、クリーニング屋さんはこれから起こる色々なことに思いをはせ、しばし沈黙。
「好きでしょ、好きでしょ、好きでしょ」と畳み込む質問、そして「好きよね」と断定的な一言。「えー、まー」と力無く答えるクリーニング屋さん。すかさず切り込むとどめの一言。「そー好きなの。それならこれ全部あげる。持っていって」クリーニング屋さんは感謝の言葉と伴に二回に分けてこの本の束をしぶしぶ車に積み込んだ。

家のベランダに小さな物置があった。十年程前からリンゴがしまってあった。十年来の風雪にもまれたリンゴだ。十年間に亘り夏の暑さと冬の寒さに耐えたリンゴである。当然腐っている。もっと正確に言うと腐っていた。
始めの数年間は物置の回りに甘酸っぱい香りを漂わせてくれた。それから数年間はなんとも言えない匂いがした。時々はがさがさと音もした。今は何の香りも無ければ何の音もしない。
誰もリンゴのミイラが怖くて物置が開けられない。捨てることも当然できない。そんな時、玄関のチャイムが鳴った。クリーニング屋さんだ。とっさの一言。「ねえ、腐ったリンゴ好き ?」 

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