もう半世紀も昔の1970年代のことでした。
顔見知りの貸衣装屋の奥さんが、「今日は忙しいのよ!これから夫婦で出掛けるのよ!」と言って、その詳細を話してくれたことがありました。
結婚式の衣装を借りに来たお客さんが、式に参列する自分の側の親族が少なくて、相手側との釣り合いが取れず、体裁が悪いので、親族に成りすまして、式に参列して欲しいと頼まれたと言うのです。
そんな事情で、貸衣装屋さん夫婦は盛装をして、全く赤の他人の結婚式に、親族に化けて参列するところだったのです。
貸衣装屋さんには、衣装を貸す以外にも、思い掛けない仕事が舞い込んだのでした。
ざっと推量すると、貸衣装屋さんは自分たち夫婦の衣装も貸したことになり、その日の日当を貰い、披露宴では豪華な正餐を御馳走になり、結構なアルバイトになる筈だと、下世話なことを考えたものでした。
その当時、自分の親族に化けることを依頼する人がいるなんて、そんな話は初耳で、実に珍しい滑稽な話だと受け止めたのでしたが、これに似たことは、他では全く聞いたことがありませんでした。
自分の親族が少ないと、本当に肩身が狭いのか、恰好が付かないのか。
こんな事にお金を使って、他人の眼を欺くことに、どれほどの意味があるのかと。
私にはそんな事に拘る人の気持ちが、さっぱり理解出来ませんでした。
それから約20年を経た1990年代には、何者かに成りすまして派遣されるアルバイトがあると、テレビで報道された事がありました。
そのアルバイトは、例えば老齢で孤独な男性が、1日だけ娘になってくれる人を雇ったり、また結婚式に友人や親族に化けて列席し、その場を盛り上げたり、葬式や墓参に代参する人を、求めると言う内容でした。
報道では、これらに対応するビジネスがあって、この種の人材派遣会社が、様々な要望を捌くのでした。この人材派遣会社が、ネット上でそれらの役目にピッタリな人を募集して、調達するのでした。
娘役で派遣された人は、孤独な男性と親子ごっこをする相手を務めるのでしたが、当時はこんな話も初耳でした。
派遣されたアルバイトの娘役は、実の娘よりも美人で優しく、依頼者は外出や食事などを一緒に楽しんで、目的を十分に達成していると言うことでした。
当時このような事が、実際に世の中で進行しており、ビジネスとして存在するのだと言うことに、相当な違和感と驚きがありました。
あれから30年、今でもこの種の派遣業は存在するのかどうかは分かりません。
最近よく耳にする「パパ活」については、その実態を知らないのですが、仄聞するところによれば、ただの「おねだり」に過ぎないと感じました。この親族派遣業と「パパ活」とは少し違うようでした。
ここに記載した前者は、無駄金を使っても親族の水増しをし、ただ見栄の為だけだと思われましたが、後者は、孤独な人にとっては、疑似親子を楽しむ意味があるらしいと思われました。
この種の人材派遣会社が存在した事には驚きましたが、見栄や孤独などその問題に応じて、成り立ったものらしいのです。
偽親族祝辞は別途加算され
パパ活はどちらが得をしたのやら
人にとって孤独は、国境や時代を越えて、共通する問題らしいのです。
少し前のことですが、英国政府には「孤独担当相」と言う役職があることを知りました。
この孤独担当大臣は、一体どんな仕事をするのか訊いてみたいものです。