中野彌生エッセイ

髭面の存立危機事態

中野彌生エッセイ

確かにこれと言った理由はないのですが、私は髭面が余り好きではありません。全く主観的ですが、髭面は不潔に見えて、近寄りたくない心地がするのです。

日本では、芸術家とか会社勤務ではない自由業の人などに髭面が多く、少々はみ出した浮いた存在にも見えます。そう見えるのも固定観念からでしょう。

少しは例外もあって、歌手の尾崎紀世彦の髭面は、素敵だったと思います。彼はハンサムだったし、彼の髭面は歌の雰囲気を邪魔せず、好ましく作用していたと思います。

残念ながら日本では、髭面のよく似合う素敵な人を見付けるのは、なかなか難しい様です。

アメリカの大リーグを観ると、選手たちの髭面の比率は相当高いようです。

アメリカ社会の髭面の多さは、日本とは比べものにもならず、その社会の自由な空気を表している様にも見えるのですが、それもトランプ政権誕生後には、揺らぎ始めたようです。

先日の報道は、まあ大変!と、しかし米国ならあるかな!と思わせるものでした。

米国の国防長官ヘグセス氏が、米軍最上層の将軍や提督を世界中から集めて、「太った将軍や提督は絶対に認められない。」「あご髭や長髪も認めない。」「最高水準の男性の基準を求める。」と演説したそうです。(2025年10月のこと)

つまりヘグセス氏は、将軍や提督たちの外観を問題視したのでした。

要求されるところの「最高水準の男性」は、ヘグセス長官の「胸の内に描いた最高水準」であって、他の人の水準とは異なることでしょう。ヘグセス長官は、自分の基準に従えと演説したようで、これは大変なことだ!と、将軍や提督たちに同情したのでした。

あの演説の日から、将軍や提督たちは、直ちににダイエットに取り組み、髭も剃り落としたのでしょうか。自発的にではなく強制されて、ダイエットをしたり髭を剃り落とすことは、とても大変なことだと想像しました。

あの国防長官の演説を境目に、将軍や提督たちは如何なる日々を過ごしているのかと思うと、私の息子が、上司から無理難題を押し付けられ、弱り切っている場面を想像して、イヤな気分になりました。

もしかしたら「ダイエットも髭剃りもイヤだよ!」と、国防総省を退職した人がいたかも知れませんが、その実態は分かりません。

1960年代のロンドンで、ある会食の席で「髭の話」を聞いたことがありました。同席した日本の報道関係者が、「最近のことですが英国では、タクシー運転手と銀行窓口のテーラーは、これまで禁止されていた髭を、生やしても良いと言うことになったらしいですよ。」と話したのでした。

つまり英国ではその頃、この業種の人達は髭面を禁止されていたのでした。同席した人達は一様に、英国で髭面禁止がまかり通っていたなんてと、信じ難い様子でした。個人の権利を尊重することに関しては、日本よりも大先輩に見えた英国でのことでしたから。

その概要は、これまでタクシー業界と銀行業界では、従業貝の髭を禁止していたが、それは法令違反であるとの裁定が出たと言うことでした。

それから半世紀以上も経過した日本で、大阪市長が市職員の髭を禁止して、批判を浴びたことがありました。

大阪市営地下鉄の「運転手の髭」を、大阪市長が禁止して、争議になったのでした。

当時の大阪市長は、法曹界の出身者だと聞いており、基本的人権については、誰よりも詳しい筈なのですが。

その大阪市長が、人目には触れにくい地下鉄の運転手の髭を、なぜ禁止することを主張したのか、不思議なことでした。

この髭の争議は裁判に持ち込まれ、その結果は、大阪市長の主張を退け、地下鉄運転手の髭面が勝利したのでした。(2019年のことです)

英国から遅れること半世紀以上、未だに米国でも日本でも、他人の髭面を支配したがる人がいたことは、驚きでありました。

私個人としては、髭面は余り好きではないのですが、それでも日米両国の男性たちの髭面の味方になりたい、彼らの髭面の存立危機事態には、何とか力になりたいと思うのでした。

私の川柳です。

じよりじよりとパパの感触痛い頬

中野彌生