定例句会

句会の表情に代えて

定例句会
増田幸一

 

  • 司会:角田 創
  • 記名:日下部敦世 伊師由紀子
  • 会場:アミュゼ柏プラザ
  • 出席者:55名、欠席投句者25名

一年ほど前、江畑哲男代表と雑談の折り、代表から東葛の将来について「執行部門と分社化を考えているが、幸一さんはどう思う」と訊かれました。分社化?、一瞬何のことか解らなかったが要するに総合的に運営管理する司令塔の組織のもと、執行部を独立分担する仕組みを考えておられるらしい。
戦後企業の潮流とも思えるHD(holding)持ち株会社構想と似た考えで、江畑代表の経営感覚に驚きながら納得しました。(因みに筆者は単純に句会費の値上げを提言していた)
私見だが日ごろから代表の仕事量が多すぎ、健康を害さぬかと(二回も大きな手術をされている)心配しておりましたが、基本的に賛成と申しました。その後代表には危機的赤字経営の憂慮と併せて大改革構想の必要性に発展、熟慮の末幹事会のコンセンサスを得たいと長期に亘る特別の幹事会を開く運びとなりました。その結果『ぬかる道』のスリム化、川柳文化研究所(仮称)設立に至る改革がまとまり、五月句会に先立って有志幹事会、同人総会での発表に漕ぎつけました。代表はもとより皆さんのご苦労も大変だったと察します。

詳細は『ぬかる道』六月号巻頭言及び犬塚博さんの寄稿による「これからの道標」を熟読願いたいと思います。

なお私見として気付いた点を列記すれば

  1. 印象として句会報及び年刊報にまとめるスタイルは、『きやり』『川研』『犬吠』を除く各吟社のパターンですが東葛風を盛り込みたい。
  2. 『ぬかる道』スリム化による収支改善シミュレーション試算
  3. 「ぬかる道の今後」5月23日のチラシより川柳文化研究所(仮称)その他の会費に関するa〜cの検討
  4. 詳細な制度設計は秋以降と言われる通り、今後の進め方についてはあの介護保険法の様に、時に応じて見直しをする(付則)も念のため

以上本題の句会の表情を脱線して申し訳ありませんが、句会内容はお許しを。

増田幸一さん、6月8日、数えで100歳の誕生日をお迎えになりました。当日は都下の某吟社で選者を務められ、「100年前の今日、おギャアと泣いて産まれました」と披講時に披露され、皆さんから祝福を浴びたとのことです。
さらなる長寿を重ねられることを願い、心よりお祝い申し上げます。
(編集部)
寄稿『ぬかる道』これからの道標  犬塚 博

東慈川柳会四月句会(4/2)にお邪魔しました。
久し振りに披講前の江畑代表の「川柳教室」があるとのこと、どんな話なのか楽しみに待った。
超多忙の毎日の身での岡山訪問での台湾の柳人の皆さんの六基の句碑落成のこと、全日本川柳大会・東京のことなどの話に浸った後での【東葛.ぬかる道のこれから】の説明はまさに度肝を抜く驚愕の内容であった。

川柳界の現状として、

一に、川柳界及び各柳会における高齢化は、櫛の歯が抜けるように進む会員減、それに輪をかけるのが、70歳まで働くことが奨励される世の中で、現役引退後の余暇を楽しむことが心身両面で難しくなりつつあり、若い人(と言っても60歳前後となる)の加入が望み薄となっていること

ニに、そのことがどの柳会でも人材面(後継者難)で会の運営維持に大きな課題となっていること

三に、会の維持はでき得ても会誌の発行が、人材面でも財政面でも難しくなり、行き着く先は会誌の発行のできない会は解散となり、現に複数の柳会の解散となっていること

これらは会誌(『港』…東京みなと番傘川柳会)を編集している立場の一人として実に身につまされることで、他人事ではなく、実感として迫ってきた。
そのような状況下、東慈川柳会のこれからが語られた。

  1. 会誌『ぬかる道』の冊子方式を今年秋頃に止め、A3両面一枚の句会報とする。ぬかる道の題字は継続する
  2. 年一回『ぬかる道』年報を発刊する。仔細は検討中
  3. 東葛の組織を句会報担当部門とその他の機能の担当部門とに分化する。その他の機能とは、川柳講座、講演、WEB句会、大会開催などで今後具体化する
  4. その機能を持つ部門を「川柳文化研究所(仮名)」とし、軌道に乗せるまでに三年はかかるかと想定し、代表者(推進者)は、自身を考えている
  5. 年会費は今まで通りとする

これらの内容は「改善」のレベルを超え「改革・革命」とも言うべきもので、予想を遥かに超えたものであった。
東葛川柳会は先般「危機突破基金」を募集して160名を超える賛同を得たとのこと、それを有効に活かすことにより現路線上での改善は出来ないのであろうか?・
誰しもが持つ疑問と思える。

会の運営収支は、正直なところ毎月大きな赤字を計上しており、このままでは貴重な基金も数か月で使い切ってしまいかねない。それでは基金の意味がない。大きな支出を占める「ぬかる道」の改革がまず求められている。今こそ改革の断行時期であり、この先待ち受けている状況を打破することが、私に課せられた責務であり、東聰の四十年を歩んで来た私にしかできないことだと認識し、あえて断行をする決心である。

と理解を求められた。大きな課題と、その解決へ取り組むことの決意表明であった。重厚な静寂の場ともなった。