巻頭言『捲土重来、今に見ておれ』
雑誌が休刊になる。『ぬかる道』が極端にスリムになる。文芸の世界でも「栄枯盛衰は世の常」とは申せ、返す返す残念でならない。
実際に、今回の「措置」を惜しむ声が数多く寄せられている。それだけ『ぬかる道』誌が皆さんに愛されている証拠なのだろう。そう思うと、嬉しいような、申し訳ないような気になる。小生的には何度も何度も考え、悩み苦しみ、繰り返し自問自答してきた課題であったからだ。
しかしながら、限界は限界。資金的にも労力的にも雑誌というツールを維持するのは困難になった。やむを得ない選択肢であった。
前号巻頭言でも書いたとおり、ココは「一歩後退、二歩前進」するしかあるまい。「二歩の前進」を目指しての一時的な撤退である。そうお考えいただきたい。
危機に瀕する文字・活字文化
それにしても文字・活字文化の衰退は目を覆うばかりである。近未来はいったいどうなってしまうのだろう。
- 新聞の購読世帯は、とうとう二軒に一軒になってしまった(2008年度比、40ポイントの下落)。
- 全国の書店数。ついに一万店を下回った。ピーク時の2万4000店と比較すると、四割程度にまで減少
- 雑誌の衰退。売れ行きトップの『週刊文春』でさえ発行部数公称38万部という(別統計では17万部弱)。
ちなみに、『週刊文春』の発行元・文藝春秋社は出版事業で八年連続の赤字、四期連続での営業赤字に陥っている。スキャンダルでしか売れない出版社の末路を物語っている。 - 身近なところでは新聞販売店の減少。小生の住む地域で販売店二軒が廃業(いずれも朝日新聞系列の販売店)。
- かてて加えて、学校の教科書までデジタルになるという。いやはや、世も末か?
文字・活字文化振興法の画期的意義
ところで、「文字・活字文化振興法」というのをご存じだろうか?平成17年(2005)に制定されたこの法律の趣旨を左に示す。
その基本理念と目的は、「知識・知恵の継承、豊かな人間性の涵養、健全な民主主義の発達に不可欠な文字・活字文化の振興を総合的に推進すること」。
さらには、「すべての国民が年齢や場所を問わず、生涯にわたって等しく文字・活字文化の恩恵を受けられる環境を整備すること」と記されている。
すばらしい!当時、現役バリバリの国語教師だった小生などは、この法律に快哉を叫んだものだった。
もう一件、小生を感動させた法律があった。
「生涯学習振興法」である。
こちらは、上記の文字・活字文化振興法より15年も前に制定されている(平成2年・1990年)。
その趣旨をご一緒に読もう。「国民一人ひとりが生涯にわたって学び続ける環境を整え、行政や教育機関が連携して学習機会の提供や成果の活用を支援するための基盤を構築することを目的」としている。これまたすばらしい!
「生涯学習」花盛り
その「生涯学習」がいま花盛りである。真面目で勉強好きな日本人(とくに吉向齢者!)にとって、生きがいを持ちながら暮らせる社会になってきている。同振興法の基本理念たる「いつでも、どこでも、だれもが学べる社会」が実現したのである。
ちなみに、各自治体の生涯学習施設の利用状況を見るがよい。公民館や生涯学習センターの類はどこもいっぱいではないか。利用者の大半は中高年に違いない。
小生、気になってちょっと調べてみた(カタイ話題が続いたので、できるだけ端折って書く)。
日本の総人ロ 1億2000万人
65歳以上の高齢者 3600万人
全国の高校生 300万人弱
文部科学省の統計にも当たってみた。同省HP「統計で見る日本」(令和6年度編)「総括表」、社会教育調査のe-Statによれば、のべ数で12億人が何らかの社会教育施設を利用している。スゴイ数字だ。学校関係者は除外されているから、人口比にして一人10回以上の利用回数になる(かなり大ざっぱな計算。皆さんに分かりやすく提示するための方便とご理解いただきたい)。
なかには、寝たきりの方もおられる。失礼ながら、勉強のお嫌いな方もおられよう。したがって、いわゆるアクティブシニア層に限定すれば、生涯学習施設の利用者とその割合は相当の規模に達するものと予測される。
小生が前任の今川乱魚師から代表職を引き継いだのは、平成4年(2002)である。代表に着任して最初の巻頭言のテーマは、「生涯学習社会」であった。
そこではこう書いている。再掲する。
まさしく「生涯学習社会」である。少子高齢社会は、学習人口の逆転現象をさらに加速するに違いない。……
小生の「予言」の通りになった!
高齢者は、もっと自己投資をすべき!?
目を転ずれば、全国的には閉会に至った川柳結社も少なくない。川柳を取り巻く環境には大変キビシイものがある。何といっても川柳(界)は、文字・活字と大の仲良しだから。ハテ、どこかに打開の道すじはないものか?
そこで思い起こしたのが、齋藤健経済産業相(R6年当時)の「書店復興プロジェクト」だった。
ご存じの通り、町から本屋さんが消えている。統計によれば、全国の市町村の約3割は無書店自治体になっているという。文字・活字文化の危機、そのものだ。
原因は多々あろうが、急速な情報化社会の進展が挙げられる。ネット社会がもたらした影響は計り知れない。しかも変化が急だ。他方、ネット媒体を抜きにして、次代の進歩や発展もない。これまた冷厳な事実であろう。
このプロジェクトが始めた背景と狙いについて、齊藤健氏はこう語っていた。
じつは小生。上の発言から真逆の発想を得た。川柳人はあまりにも文字・活字に頼ってはいないか?頼り過ぎてはいないか?そんな示唆を与えていただいたのだった。
もちろん文字活字をトコトン愛しているのが、私たち川柳人である。小生も人後に落ちぬ。この点は間違いないのだが、果たして活字媒体だけでよいのか?、という示唆だった。なお、齋藤健元経産相にはわが(一社)全日本川柳協会の顧問を現在務めていただいている。感謝!
「学び」の環境を再考しよう
そこで小生。もう一歩突っ込んで考えた。高齢者の「学び」の環境について思うところを申し述べたい。
- 私たち高齢者は、人生100年時代にふさわしい生き方を模索すべきではないか。定年後はもはや「余生」ではない。新しい人生なのだ。
- その意味で、もう少し「自己投資」をしてもよいのではないか。「自分磨き」に金をかけるべし。ありていに申せば、本を買う。講座にお金を使う。おしゃれにだって思う存分費用をかけたらよいのだ(先進国中で日本人の自己投資が最低水準にとどまっている、との統計アリ)。
- ネット環境なども「敵視」をせず、その利便性をどう活かしていくか。高齢者こそ必須のテーマだと思う。
- とかく「守り」に入りがちな高齢者。高齢化の最たる弊害は「守り」に終始してしまうこと。チャレンジ精神や好奇心がなくなると、川柳も上達しない。
- 「自助・共助・公助」という理念がある。連携の理想ではあるが、「公助」に鎚りすぎるのは何とも危うい。みんながみんな「助けられる側」に回ってしまったら、ボランティアの組織が立ち行かないことは明かだろう。
「和」の精神で、これからも進もう!
さてさて、雑誌形式の最後の巻頭言になってしまった。
改革が急で、イメージがつかめないというお叱りも頂戴している。ゴメンナサイ。だが、このように急激な変化でも皆さんついて来てくれた。改めて御礼申し上げる。
本巻頭言のタイトルは「捲土重来」。
こんなタイトルを付けて休刊した雑誌など一誌もない、代表の苦渋の選択とその思いのほどを汲んでほしい。さらに、「今に見ておれ」などとも付け加えている(笑)。SNSの活用なども含めた今後の決意の表れと受け取ってほしい。どうぞ、温かく見守っていただきたい。
いずれにしろ、皆さんのご支援と格別のご厚誼をこれからもお願い申し上げて、いったんお別れとする。感謝!!
