B29の贈り物

B29の贈り物

「B29の贈り物」⑫

鹿沼での学校生活活字に飢えていた、というのは本当だったろう。戦争中は紙が無くて、新聞でさえ一枚こっきりの折りたたみだったし、教科書なんか兄弟などのお古があれば言うことなしだった。昭和二十三年から、薄い...
B29の贈り物

「B29の贈り物」⑪

母、妹の死清水トンネルを抜けて関東平野に近づくにつれて、列車が立ち往生が多くなった。前の晩八時発の急行上野行きに乗って、何もなければ朝5時ごろに高崎に着いている筈が、お昼頃ようやく高崎着。両毛線(高崎...
B29の贈り物

「B29の贈り物」⑩

鹿沼での夏休み昭和22年夏休み(小3)、7月末から8月のお盆過ぎまで、鹿沼の父母のもとで過ごした。畳の部屋は六畳間と玄関の二畳しかなく、継ぎ足した物置みたいな板張りに筵を敷いた三畳間に私は寝せられた。...
B29の贈り物

「B29の贈り物」⑨

妹の誕生小学2年生の時、妹が生まれた。長い間、一人っ子として育てられたので、兄弟喧嘩の経験がなかったし、赤ん坊をどう扱っていいものか、判らなかった。珍しい生き物みたいな思いで、飽かず眺めていた思い出が...
B29の贈り物

「B29の贈り物」⑧

父の復員父が何時頃復員してきたのか、この記憶だけはひどく曖昧である。幸い私の家は焼け残ったし、伯父、伯母、母とも生き残ったし、食料は米どころの富山平野のど真ん中で、伯母が元農家の出で、昔取った杵柄、近...
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「B29の贈り物」⑦

長いながい夏休み初めての夏休みは、7月21日から9月30日まであった。いろんな事がありすぎて、初めて学校という社会に入った一年生にとって、大変な変化が訪れようとしていた。いや、大人にとっても、初めての...
B29の贈り物

「B29の贈り物」⑥

後れて来た終戦私のニュースソースはお隣の同級生の洋子ちゃん。彼女の長兄は旧制富山高校(現富山大学)の学生、次兄は富山薬専(現富山大学薬学部)の学生、三兄は同じ国民学校高等科の超秀才。広島、長崎の新型爆...
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「B29の贈り物」⑤

焼け焦げの死体の山、……我が家があった街へ近づくにつれて、異様な匂いが流れてきた。酸っぱいのと、ゴミを焼くのと混ぜたような、異臭である。焼け残ったレンガ塀の角を曲がった時、眼に入ったのは、黒焦げの死体...
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「B29の贈り物」④

逃げる庭先に最初の焼夷弾が落ちた時、物凄い勢いで走り出した母の後を、必死で追いかけているうちに、下駄の鼻緒(前緒)が切れた。思わず立ち止まった私を、母が怒鳴る。「何やってるの、早く来い!」我に返ると、...
B29の贈り物

「B29の贈り物」③

富山空襲始まる「富山市の昭和20年8月2日午前0時」点けっぱなしの家の中のラジオが「JOIG(富山放送局のコールサイン)、これから、午前零時をお知らせします。」と言って、「ピッ、ピッ、ポーン」という時...