中野彌生エッセイ

タモリからの伝言

中野彌生エッセイ

伝言と言っても、タモリから直接頼まれた訳ではないのです。
つい最近のことでしたが、タモリが短く呟いたのを、偶然読んだことがありました。
彼曰く「地名というのは土地の記憶なんだから、美しいとかいう理由で変えたらダメだよ」というのです。
このタモリの呟きについては、心から賛同致しました。そして日頃から「地名」については、好ましく思っていない事例が次々と浮かんで来たのでした。

いつのことでしたか、愛知県の中部空港の南に位置する2町が、合併して「南セントレア市」になると、発表されたことがありました。私は、何んだこの名は?と思い、そんな馬鹿な!と癪に障ったのでした。
何ゆえに「南セントレア市」なのか?と相当呆れて、自分には全く関係のない自治体の名称なのに、妙に腹立たしく感じたのでした。その時初めて、中部空港は「セントレア」と呼ばれているのを知りました。
その時の「南セントレア市」の結末について、気分的に救われたのは、2町の住民たちの多くが、その名に驚き、呆れて、文句を言い、総スカンを喰らわせたことでした。
その2町の合併話は、「南セントレア市」の名と共に流れてしまったようで、そんな変な名前の市が誕生しなくて、本当に良かったと思いました。

JR品川駅の近くに新駅が出来た時も、「高輪ゲートウェイ」と言う駅名には、ほとほと呆れました。
一体、誰がこんな変な駅名を付けたのか!責任者は誰だ!と怒りたいような、情けない気持ちでした。
昔から、その土地に根付いた地名を付けたならば、本当に素敵なのに、「高輪ゲートウエイ」なんて少しも良くないばかりか、恥ずかしいと思ったのでした。なにも私が恥ずかしがらなくても良いのに、やっばりこんな駅名は、恥ずかしいと思いました。

1975年頃の田園都市線の沿線は、見渡す限り土を盛り上げた、開発途中の工事現場で、人々の住める街並みは、まだ整っていませんでした。
そんな佗しい風景の中に、乗降客もまばらな「たまプラーザ」駅がポツンとあり、それを観た私は、何だ!この駅名は!と、ぎょっとしたのでした。
今では、もうすっかり住民に馴染んだ「たまプラーザ」ですが、その時の私は、誰がこんな変な駅名をつけたのだ!と思いました。今でも少しも素敵だとは思っていません。
そこにも、昔からの歴史ある地名があったでしょうに。

「西東京市」も、嫌いな名のーつです。気が付いたら、田無市と保谷市の2市が無くなって、西東京市になったようです。本当につまらない名だと思います。
その土地が受け継いだ歴史的な地名が残せずに、本当に残念です。

「南アルプス市」は、6町村が合併して出来たそうですが、これもまた嫌いな名前です。
南アルプスは、赤石山脈の通称だそうですが、安易にアルプスを流用せず、その土地の歴史的地名を市に名付ければ、素敵だったのにと思います。

栃木県の「さくら市」も本当に詰まらない名です。氏家町と喜連川町が合併して出来た市ですが、氏家も喜連川もとても素敵な地名ですのに!

1979年頃には、新宿区の住民たちが、昔から馴染んだ歴史的で由緒ある地名が、どんどん消えていくことに危機感を党えて、「四谷・牛込地区の町名を保存する会」を作って、保存運動をしたそうです。
また他にも「全国地名保存連盟」などの団体があって、日本の歴史的な地名を残す運動をした人々がいたそうです。
そんな地名保存連動をした人々が、「高輪ゲートウェイ」の駅名を見たならば、どう思ったことでしょう。
タモリの呟きの如く、「地名というのは、その土地の記憶」なんですね!
タモリのたった一言に、意気投合する人も居るのです。

私の川柳です。

黒塀に三味の音誘う向島

岡っ引き腕まくりして小伝馬町

中野彌生