中野彌生エッセイ

ゴルフ余話

中野彌生エッセイ

半世紀も前のことです。中途半端に休止していたゴルフを、また本格的にプレイしたいと練習を始めたのでした。
当時は、打ちっ放し場へ行っても、練習している人は男性ばかりで、女性を見るのは本当に稀でした。
人の話には聞いていたのですが、打ちっ放し場に練習に行くと、必ず「教え魔」がいるものだと言うのは本当でした。つまり頼まなくても、グリップの持ち方やスイングの仕方を、教えたがる親切な人が現れるのです。
私にとっては「魔」なんて言っては罰当たりで、レッスン料を払わなくても、色々と教えてくれて、有難い存在でした。それに加えて「教え魔」が、偶々ハンサムで素敵な人だったりしたら、本当に得をした気分になったものでした。
自分で言うのも気が引けますが、大きくスイングすると、ボールは結構な距離をまっすぐに飛んで、人からも褒められたりして、「ひょっとしたら、私のゴルフはモノになるかも!」と、内心いい気分になっていました。
けれどもいざコースヘ出てみると、練習場でのショットとは大違いで、ボールは飛ばず、思い通りにはならないのです。
ゴルフはそんなに甘くはないことを、早々に思い知らされ、コースでプレイする度に不完全燃焼で、少しも楽しくはないと降参したのでした。
このご時世で、今でも練習場に行けば、素敵な「教え魔」は、いるでしょうか。

約30年以上も前の、北米での話です。
夫の同僚だったA氏は、誰もが認めるゴルフ狂と言うくらい、ゴルフ大好き人間でした。
真夏の日没が遅い季節には、退社してからもゴルフに出かけ、夜間にハーフをプレイするような人で、彼は週に8回もゴルフをすると言われていました。
勿論A氏は、どんなコンペにも名を連ね、週末には、必ずどこかでゴルフをしている様な人でした。
ところがある週末のこと、いつものメンバーがゴルフに誘っても、A氏は「ちょっと予定がある」とか「都合が悪い」と言って、ピタリと誘いに乗らなくなったのです。
彼を知る人は誰しも、あのゴルフ狂のA氏が、何故ゴルフを断るのかと、不審に思ったものでした。
そうして何週間か過ぎてから、ようやくA氏は、なぜ週末にゴルフに参加しなかったのか、その理由を仲間に白状したのでした。
ある時、A氏は車で帰宅中に、交通違反(社用で接待の飲酒後、運転したとか)で、ポリスに捕まったのでした。この北米の都市では、違反の程度によっては、その場でポリスが刑を即決するらしいのです。その時の彼は、何日間かの「拘禁刑」を言い渡されたのでした。
そんな拘禁刑だなんて、仕事もあることだし、弱り切ったA氏はポリスに、「拘禁刑をなんとか分割で!」と交渉したのでした。幸いなことに、ポリスの温情で、分割方式が認められたのでした。
その結果、彼は週末には警察へ赴き、拘禁刑を数回の分割で、勤めたのでした。
それを聞かされた誰しも、拘禁刑の分割には、ちょっと驚き、またそれで済んで良かったと苦笑したのでした。
この刑罰の分割払いは、当人にとっては、非常に助かったと思われました。
日本でも、この分割方式を採用したならば、相当数の人が助かるかもと思うのでした。

当時、その北米の都市では、ゴルフをする人々の間で、よく知られた話がありました。
ゴルフ場での出来事なのですが、「アラあなたも観たの?」とか「またやっていたわよ!」「怒鳴り合っていたんだ!」「殴り合っていたわよ!」「アイアンを振り回すんだから、物騒なことだよ!」などと、話題になる人々がいたのです。
その争いの要因は、多分スコアーを正しく申告しないズルい人がいて、喧嘩になるのだろうと言うのが、大方の推測でしたが、真実は知る由もありません。
その喧嘩の当事者は、韓国人のゴルファーたちで、彼らの残念な振る舞いは、こんな風に、少なからぬ人々に目撃されて、評判になっていたのでした。

その頃、私と同じコンドミニアムに、韓国総領事館に勤める若い韓国人男性がいて、お互いに挨拶を交わす程度の顔見知りでした。
非常に天候の悪い雨の日に、エレベーターの中で、その男性がゴルフバックを抱えているのに、乗り合わせたことがありました。
「こんな酷い雨なのに、ゴルフですか?」と私が聞くと、その男性は「どんな悪天候でも、私にはノー・チョイスですから」と、笑いながら答えました。
彼は、とてもハンサムな紳士で、ゴルフ場で喧嘩なんか絶対にしない人だと、私は確信していました。

私の川柳です。

火の車それでもゴルフに行きたがり

会員権ローン済んだら屑と化し

中野彌生