むかしダンスをしていた。リンボーダンスではない、ベリーダンスでもない。社交ダンスというやつだ。パーティなどででデモンストレーションもやった。映画にも出たことがある。「シャル シャル ウィ ダンス」というかなりヒットした映画だが、もちろん主演などではない。ダンスホールで踊っているその他大勢、つまりエキストラである。
その頃の思い出話を書いてみたい。どうかお笑い下さい。では、
「趣味はダンス」、と言えるようになるまで、かなりの年数がかかった。でも、まだなんとなく照れくさい、恥ずかしい、後ろめたいという気持ちは残る。「いい年して、女なんかといちゃいちゃして」といった見方をされるのではないかといつも不安になる。男性の場合、確かに、このいちゃいちゃがしたくてダンスを始める方が多い。これはかなり明白な事実である。かく言う私もそうなのだから。これが間違いであることが分かるのに、そんなに時間がかからない。
まず、ダンスはシェイプを追及するスポーツである。人間の体は、意識しないとだんだんと楽な形になってゆく。ひざが少し曲がり、肩が下がり、あごが前にせり出してくる。こうして北京原人に限りなく近づいてゆく。そうして、最後にはテレビの前でのごろ寝といった究極の楽チンスタイルとなる。これは、本人は楽であってもはたから見て美しくない。ダンスでは姿勢が重要になる。足首を少し内側に曲げ、ひざはちょっと前に折り曲げ、お尻は少しでっちりぎみ、お腹は内側に折りこんで、ひじは張り、肩はおとさず、かといっていからせず、首はちょっと反らせぎみといった姿勢を保持しなければならない。これは拷問にちかい。さらに、この拷問スタイルで、表情はにこやかにというのであるから、この時点で女性といちゃいちゃはどこかに飛んでいってしまう。そして、ダンスを始めた男性の多くは、夢やぶれ、挫折に打ちひしがれて去ってゆく。
この点、女性の動機は極めて健康的である。多くの場合、体を引きしめ、スリムになりたいといった美容上の動機だ。これにはダンスほど適したものはない。体の色々な筋肉をねじったり、ほどいたり、張ったり、緩めたりするのであるから効果はてきめんである。ひと踊りすると汗びっしょり。この後のビールほどうまいものはない。ほとんどの女性が「ダンスの後のビールは最高」、と思うに違いない。そして、せっかくダンスで燃焼させたカロリーの二倍を確実に補給することになる。これが続くと、当然体は変化をしてゆく。でも、女性はめげない。せっせせっせとダンス・アンド・ビールにせいを出す。
ダンスには色々なタブーがある。まず、ダンスは、基本的にリーダーと呼ばれる男性と、パートナーと呼ばれる女性で行うものである。女性と女性が踊ることはよしとされている。でも、男同士で踊ることはできない。理由はなんとなく分かる。
ダンスをしていて夫婦になるのは良いが、夫婦になってからダンスに熱中するのはやめた方が良いと言われることがある。他人同士であれば少し遠慮することでも、容赦なく言ってしまう。それまで、なんとかごまかし、気づかないふりをしてきた相性の悪さが白日の下に晒される。挙句の果てに離婚といったことになってしまうカップルが意外と多いらしい。これも分かる気がする。
先生も、厳しい指導ばかりでなく、色々とおだててもくれる。「ハイ、それじゃあ、ホールドしてみましょうね。そうそう、お腹を引っ込めて、ひじを張って。目はこの辺をみるのよ。お花が開いたようにね。とってもきれいよ」二人は夢見る少年少女になっている。黒目が1.5倍になり、まつげが1.5センチ伸び、目のまわりには星がきらきら。
私のパートナーは、ダンスの経験が長いし、私よりうまい。だから、よくおこられる。罵詈雑言を浴びせられる。最近は暴力的にもなってきた。頭は叩かれるし、髪の毛はひっぱられる。この女性、私の家で30年以上も一緒に暮らしている。私の娘達からママなどと呼ばれ、孫からはバアバなどと呼ばれている。
こんなわけだが、離婚などといった大げさなことにならずに済んでいるのは、私の心の広大さと強い忍耐力にあることを、彼女は気づいていないらしい。
